本棚と机がある書斎

見どころ

大正7年製のリード・オルガンや、学生たちが自由に出入りしていたという襄の書斎

同志社創立者夫妻が過ごした家

京都御苑のすぐ東に立つ、同志社の創設者・新島襄とその妻・八重が暮らしていた邸宅。1875(明治8)年の同志社英学校開校時に仮校舎として借家した高松保実邸の跡地に立つ。設計者は不明だが、新島襄や当時の同志社教員で医師・宣教師のW.テイラーの助言を得ながら、京都の大工が建築した。建物は木造2階建てで、外観は洋風のコロニアルスタイル。東・南・西側にバルコニーがあり、ガラス窓には鎧戸、上部に障子欄間が付けられている。内部の間取りは日本的な田の字形で、壁は柱を露出させる旧来の真壁造。1階には食堂・台所・応接間・書斎などがあり、襄の没後、八重によって茶室「寂中庵」が作られている。応接間は、教室・職員室・大学設立の募金活動の事務所・礼拝の場としても利用されていた。書斎には襄が愛用したイス・机・ランプ・書棚などが当時のままに展示されている。調度・家具類を含め、京都市指定有形文化財に指定。

施設情報

施設名 新島旧邸
住所 上京区寺町通丸太町上ル松蔭町
ホームページ https://archives.doshisha.ac.jp/old_mansion/old_mansion.html
お問い合わせ 075-251-2716(ハリス理化学館同志社ギャラリー)

開館状況や料金等についてはホームページをご確認ください